「ブラッサム」頼母子講(たのもしこう)とは?当たる1,000円の価値と宇野千代が家を買った史実
朝ドラ「ブラッサム」【第6週】「ふたり、北へ」では、札幌で暮らし始めた珠(石橋静河)と保(金子大地)が、頼母子講(たのもしこう)で1,000円という大金を当てることに。
頼母子講とは、仲間でお金を出し合い、くじで当たった人がまとまったお金を受け取る、昔の互助会のような仕組み。
当時、当たる確率はどれくらいで、大正時代の1,000円は今のお金にするといくらなのでしょうか?
頼母子講の仕組みと1,000円の価値、さらに珠のモデル・宇野千代が頼母子講に当たり、札幌で家を買った史実を解説します。
「ブラッサム」頼母子講(たのもしこう)とは?珠と保が当てる1,000円
「ブラッサム」【第6週】で、東京を離れて札幌へ移った珠と保。新しい暮らしの中で登場するのが、頼母子講(たのもしこう)です。
ドラマでは、珠と保が頼母子講のくじに当たり、1,000円を受け取ることになりそうです。【第7週】では、珠がこのお金で自分たちの家を持ちたいと考えます。
頼母子講とは、仲間が定期的にお金を出し合い、くじ引きなどで当たった人が集まったお金を受け取る仕組みのこと。「無尽(むじん)」とも呼ばれ、銀行が今ほど身近でなかった時代に、庶民がお金を融通し合う互助会のような役割を果たしていました。
頼母子講の仕組み|10人で毎月100円ずつ出し合う場合
例えば、10人が毎月100円ずつ出し合う頼母子講なら、以下の通りです。
- 参加者:10人
- 1人の掛け金:毎月100円
- 毎月集まるお金:1,000円
- くじに当たった1人が1,000円を受け取る
これを毎月くり返し、全員が1回ずつお金を受け取るまで続けます。
※上記は仕組みを説明するための例です。実際の人数や掛け金、受け取り方は講によって異なり、くじではなく入札で順番を決める講もありました。
頼母子講が当たる確率は?宝くじとの違い
頼母子講は、全員が1回ずつお金を受け取るまで続く仕組み。講が最後まで続けば、参加者はいつか必ず当たります。
つまり、当たる確率は100%。運で決まるのは「何回目に当たるか」という順番だけです。
10人の講で、当たった人から順にくじを抜けていく場合の確率は、以下の通りです。
- 1回目に当たる確率:10%
- ちょうど3回目に当たる確率:10%
- 3回目までに当たっている確率:30%
- 10回目までに当たる確率:100%
どの回に当たる確率も同じ「10人に1人」。早いか遅いかは運しだいですが、受け取れること自体は決まっているのです。
もう1つの違いは、くじに当たってお金を受け取った後も、原則として掛け金を払い続けることです。
早く当たった人は「先にお金を借りて、後から少しずつ返していく」、後で当たる人は「少しずつ貯金していく」ようなもの。少額で大きな賞金を狙う宝くじとは、まったく別の仕組みです。
つまり、頼母子講は仲間同士でお金を貸し借りする、助け合いの仕組みだったのです。
ただし、当たった人が掛け金を払わなくなると、後に受け取る人が損をするため、講が途中で続かなくなるおそれもありました。
「ブラッサム」頼母子講の1,000円は現在いくら?大正時代の価値
物価も給料の水準も今とは大きく違うため、当時の1,000円を1つの金額に換算することはできません。
企業物価指数・米の価格・大卒初任給の3つの基準で比べると、以下の通りです。
| 比較基準 | 現在価値の目安 |
|---|---|
| 企業物価指数 | 約60万円 |
| 米の価格 | 約144万円 |
| 大卒初任給 | 約525万円 |
※企業物価指数・米価は1919年を基準に比較。大卒初任給は資料のある1921年と2025年を比較した参考値です。
企業物価指数で比べると約60万円
日本銀行が公表している戦前基準の企業物価指数は、1919年(大正8年)が1.526、2025年(令和7年)が912.9です。
1,000円 × 912.9 ÷ 1.526 = 約598,000円
企業物価指数で見ると、大正8年の1,000円は現在の約60万円。
なお、史実の宇野千代が札幌へ移った1920年(大正9年)の指数1.678で計算すると、約54万円になります。
米の価格で比べると約144万円
1919年(大正8年)の白米は、1升(約1.425kg)あたり約57.9銭。1,000円あれば、約2,461kgの米が買えた計算です。
2026年(令和8年)9月14日の週の米の小売価格は、5kgあたり平均2,934円。この価格で換算すると、以下のようになります。
約2,461kg ×(2,934円 ÷ 5kg)= 約144万円
米の値段で比べると、当時の1,000円は約144万円に相当します。
また、「ブラッサム」で上京した珠が悠樂軒で働き始め、黒崎(遠藤憲一)から受け取った心付け50銭の価値については、以下の記事で解説しています。
大卒初任給で比べると約525万円
1921年(大正10年)頃の大卒初任給は、月額約50円。1,000円は、その約20か月分にあたります。
2025年(令和7年)の大卒の初任給は月額約26万2,300円なので、20か月分で約525万円です。
1919年ではなく1921年の給与水準での比較ですが、当時の1,000円が、若い会社員の給料1年半以上にあたる大金だったことがわかります。
「ブラッサム」珠のモデル・宇野千代も頼母子講で札幌に家を買った
「ブラッサム」のヒロイン・珠のモデルである作家宇野千代も、札幌で実際に頼母子講に入っていました。
宇野千代が札幌へ移ったのは、1920年(大正9年)のこと。夫・藤村忠が北海道拓殖銀行に就職したのがきっかけでした。
札幌では、女学校時代に身につけた裁縫の腕を生かし、着物の仕立ての仕事をしていた千代。自伝『生きて行く私』には、仕立物で得たお金を頼母子講の掛け金にあて、毎月の寄り合いでくじを引いていたことがつづられています。
加入3か月目にくじが当たる
『生きて行く私』によると、千代は頼母子講に入って3か月目に、思いがけずまとまったお金を受け取りました。
千代の講が何人だったかは明らかになっていませんが、仮に10人の講なら、ちょうど3か月目に当たる確率は10%。早い段階で順番が回ってきた、運のよい当選だったといえそうです。
そして、同じ頼母子講の仲間にいた不動産業者のような男性の世話で、札幌に一軒の家を購入。千代にとって、初めて自分で買った家です。
自伝ではこのお金を「大金」と表現しており、ドラマと同じ1,000円だったかどうかは明らかになっていません。
購入したのは修繕が必要な古い家
千代が買ったのは、夫の勤め先から離れた場所にある古い家でした。
あちこちに傷みがあり、修繕が必要だったものの、自分の家を手に入れたことを喜び、少しずつ手を入れながら暮らしたといいます。
頼母子講で当たったお金が家の購入につながった点は、ドラマと史実の共通点。ドラマの珠と保も、このお金で新しい住まいを探すことになりそうです。
宇野千代が札幌へ移住した理由と、その後の小説家デビューについては、以下の記事で解説しています。
【出典・参考資料】
- 日本銀行「昭和40年の1万円を、今のお金の価値に換算するとどの位になりますか?」
- 農林水産省「米に関するメールマガジン第151号」
- 宇野千代『生きて行く私』(毎日新聞社、ほか各版)
まとめ
朝ドラ「ブラッサム」に登場する頼母子講(たのもしこう)は、仲間でお金を出し合い、くじで当たった人がまとまったお金を受け取る、互助会のような助け合いの仕組みです。講が最後まで続けば当たる確率は100%で、運で決まるのは順番だけでした。
珠と保が当てる1,000円は、企業物価指数で約60万円、米の価格で約144万円、大卒初任給で約525万円。比べ方によって幅はあるものの、当時の大金だったことに変わりはありません。
モデルの宇野千代も、札幌で頼母子講に当たり、そのお金で初めての家を手に入れています。
他にも「ブラッサム」のキャスト・スタッフ一覧は、以下でまとめています。
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