「風、薫る」黒川のモデルは瀬尾原始?りんと赤痢に挑む|避病院と知命堂病院の史実
「風、薫る」【第86話】では、帝都医科大学附属病院の医師だった黒川勝治(平埜生成)が、新潟にいるりん(見上愛)を訪ねます。
さらに【第91話】では、新潟の村で赤痢が発生。黒川はりんに、一緒に村へ来てほしいと頼みます。りんは迷った末、赤痢の防疫に加わります。
黒川の実在モデルと考えられるのが、新潟県上越市の知命堂病院(ちめいどうびょういん)で初代院長を務めた瀬尾原始(せお・げんし)です。
黒川とりんの赤痢への対応と、避病院とはどのような施設だったのか、瀬尾原始とりんのモデル・大関和が知命堂病院で行った看護や感染症対策について紹介します。
「風、薫る」第86話|黒川勝治(平埜生成)が新潟でりんと再会
【第86話】では、りんのもとを黒川勝治が訪ねます。黒川は帝都医科大学附属病院で外科助手を務め、看護科が新設されると授業も受け持った医師です。りんや直美(上坂樹里)の働きぶりを、いちばん近くで見てきた人物のひとりでした。
黒川の実在モデルと考えられるのが、新潟県上越市の知命堂病院で初代院長を務めた瀬尾原始です。
りんのモデル・大関和(おおぜき・ちか)は、史実では瀬尾原始に請われ、知命堂病院の初代看護婦長となり、看護の現場へ戻っています。
「風、薫る」【第19週】黒川とりんが赤痢の村へ|避病院とは?
【第19週】では、新潟の村で赤痢が発生。黒川とりんは村へ向かいますが、そこでは避病院を恐れる村人たちが、看護や医療を受け入れようとしません。
【第91話】黒川とりんが新潟の赤痢発生村へ
【第91話】では、黒川がりんに、新潟の村で赤痢が発生したため、一緒に来てほしいと頼みます。りんは迷った末、赤痢の防疫に行きたいと校長・望月(関智一)に願い出ます。
黒川たちと村へ向かったりんを待っていたのは、避病院を恐れ、看護や医療を受け入れようとしない村人たちでした。
黒川とりんは、赤痢そのものだけでなく、避病院や医療を拒む村人たちの不安とも向き合うことになります。
避病院とは?感染症患者を隔離した施設
避病院(ひびょういん)とは、コレラや赤痢などの感染症が流行した際、患者をほかの住民から隔離するために設けられた施設です。
明治から昭和前期にかけて存在した、感染症患者の隔離専用施設で、感染が地域に広がるのを防ぐ役割がありました。
黒川勝治の実在モデルは瀬尾原始?知命堂病院の初代院長
瀬尾原始と、りんのモデル・大関和は、東京で師弟関係にあり、その後、新潟・高田の町なかで偶然再会しました。
二人の歩みをたどると、黒川とりんの再会は、この史実エピソードをモチーフにした可能性が高いと考えられます。
瀬尾原始は東京大学医学部で外科助手・看護婦養成所講師を兼任
瀬尾原始は1861年(文久元年)生まれ。代々高田藩の藩医を務めた瀬尾家に跡取りがいなかったため、幼くして養子に迎えられ、医師になるべく育てられました。
東京大学医学部を卒業後は大学院で外科学を学び、1888年(明治21年)に外科の助手となります。このとき原始は、大学の附属看護婦養成所で講師も兼ねていました。
その教え子のなかにいたのが、りんのモデル・大関和と、直美のモデル・鈴木雅です。
外科医として働きながら看護婦の養成にも携わった点は、黒川勝治の立場とよく重なります。
瀬尾原始が養父の「知命堂」を近代病院へ|初代院長に就任
知命堂病院の始まりは、1871年(明治4年)にさかのぼります。高田藩医だった養父・瀬尾玄弘(せお・げんこう)が、自宅(現在の上越市西城町3丁目)で開いた「知命堂」という医院です。
原始はいったん岡山の医学校へ赴任しますが、1891年(明治24年)、周囲の慰留を振り切って高田へ戻ります。そして玄弘を院主、原始を初代院長として、内科・外科・産婦人科・眼科をそろえた「知命堂病院」が誕生しました。
瀬尾原始は高田で大関和と再会|知命堂病院の初代看護婦長に招く
大関和は1890年(明治23年)に東京の大学病院を離れ、高田女学校の舎監兼伝道師として働いていました。
高田女学校はドラマでりんが勤める高越女学校のモデルとされる学校で、知命堂病院とは歩いてすぐの距離にあります。
翌1891年、二人は高田の町なかで偶然出会います。道端でばったり、という再会でした。
かつての教え子の腕を知っていた原始は、開院を控えた病院の初代看護婦長になってほしいと強く請います。大関和はこれを引き受け、女学校を辞めて看護の現場へ戻りました。
大関和は知命堂病院で看護婦を養成
知命堂病院の初代看護婦長となった大関和は、瀬尾原始院長とともに、新潟県内でいち早く看護婦の養成を始めました。
1894年(明治27年)には産婆看護婦養成所が創設され、大関和は講師として後進の育成にあたります。
1896年(明治29年)、恩師マリア・ツルーの看病のため、大関和は知命堂病院を辞して東京へ戻りました。新潟の高田で過ごした期間は、約5年間でした。
知命堂病院は現在も新潟県上越市に存続し、地域医療を支えています。病院には、大関和ゆかりの資料や写真も残されています。
大関和は赤痢対策・避病院の集団看護にも取り組む
大関和は、当時流行していた赤痢などの感染症対策にも取り組みました。
ナイチンゲール方式に基づき、患者の排せつ物を適切に処理し、病室の清掃や換気、患者の身体や衣服を清潔に保つことを徹底したと伝えられています。こうした衛生管理によって、知命堂病院では赤痢への対応に大きな成果を上げました。
また、大関和は、赤痢患者を隔離した避病院での集団看護にも取り組みました。避病院には100人前後が収容されましたが、死者は数名にとどまったと伝えられています。
ドラマで、りんが黒川とともに赤痢の発生した村へ向かう展開には、大関和が感染症患者の看護に取り組んだ史実がモチーフとして取り入れられていると考えられます。
参考サイト:大田原市観光協会「風光るまち大田原」
参考サイト:女子学院 特設サイト「大関ちかの歩みをたどって」
参考サイト:上越市公式「大関和の高田時代と知命堂病院」
まとめ
「風、薫る」【第86話】では、黒川勝治が新潟でりんと再会します。さらに【第91話】では、新潟の村で赤痢が発生し、黒川はりんに防疫への同行を求めます。
黒川の実在モデルと考えられるのが、知命堂病院の初代院長・瀬尾原始です。史実では、瀬尾原始に請われた大関和が知命堂病院の初代看護婦長となり、看護の現場へ復帰しています。
りんのモデル・大関和の生涯については、以下の記事で詳しく解説しています。
他にも「風、薫る」のキャスト・スタッフ一覧は、以下の記事でまとめています。
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