「ブラッサム」首都公論のモデルは中央公論?黒崎大三郎(遠藤憲一)と滝田樗陰の史実
朝ドラ「ブラッサム」【第5週】から、文芸雑誌「首都公論(しゅとこうろん)」の編集長・黒崎大三郎(遠藤憲一)が登場します。
「首都公論」はドラマに登場する架空の雑誌。ただし、実在する総合雑誌「中央公論(ちゅうおうこうろん)」がモデルの一つと考えられます。
そして黒崎大三郎のモデル候補が、大正時代に「中央公論」の主幹(編集の最高責任者)を務めた滝田樗陰(たきた・ちょいん)です。
ヒロイン・葉野珠(石橋静河)のモデルである作家・宇野千代も「中央公論」に小説を発表しており、滝田樗陰とのつながりを示す原稿や手紙が今も残っています。
「首都公論」と「中央公論」の共通点、黒崎大三郎と滝田樗陰の史実を解説します。
「ブラッサム」首都公論とは?モデル候補は実在する「中央公論」
「ブラッサム」のドラマに登場する「首都公論」は、日本屈指の文芸雑誌です。一流の作家を数多く抱え、文壇に大きな影響力を持っています。
【第5週】では、珠が働く東京・本郷の西洋レストラン「悠樂軒」に、編集長・黒崎大三郎(遠藤憲一)と副編集長・山中勇三(井浦新)が客として訪れます。作家を夢見る珠は、黒崎に自分の書いた小説を読んでもらおうとします。
この「首都公論」のモデルと考えられるのが、明治時代に誕生し、大正時代の言論界・文壇をリードした雑誌「中央公論」。現在も中央公論新社から発行されている、歴史ある総合雑誌です。
「中央公論」は名前を変えて続く老舗雑誌|反省雑誌から改題
「中央公論」は、名前を変えながら発行が続いてきた雑誌です。誌名の移り変わりは、以下の通りです。
| 年 | 誌名・出来事 |
|---|---|
| 1887年(明治20年) | 京都で「反省会雑誌」を創刊 |
| 1892年(明治25年) | 「反省雑誌」に改題 |
| 1899年(明治32年) | 「中央公論」に改題 |
| 1912年(大正元年) | 滝田樗陰が主幹に就任 |
| 1916年(大正5年) | 新年号を発行(ドラマの時代) |
| 現在 | 中央公論新社から発行中 |
発行元が別の会社に変わったわけではなく、同じ発行元が名前を変えながら出し続けてきました。ドラマの舞台となる大正時代には、すでに「中央公論」の名前で20年近く続いていた雑誌です。
国立国会図書館には、1916年(大正5年)1月1日発行の新年号の記録が残っています。
| 雑誌名 | 中央公論 |
|---|---|
| 発行日 | 1916年(大正5年)1月1日 |
| 当時の出版社 | 中央公論社 |
| 所蔵 | 国立国会図書館(デジタル版は館内限定公開) |
この新年号には、政治学者・吉野作造の論文「憲政の本義を説いて其有終の美を済すの途を論ず」が掲載されました。民本主義を説いた論文として知られ、当時の言論界に大きな影響を与えています。
また同じ1916年1月には、姉妹誌の「婦人公論」も創刊。
「中央公論」は文学だけでなく、政治や社会問題も扱う総合雑誌でした。ドラマの「首都公論」は文芸雑誌として描かれていますが、作家にとって大切な発表の場だった点は共通しています。
黒崎大三郎(遠藤憲一)のモデルは滝田樗陰?中央公論の名物主幹
大正元年9月、 #秋田市出身 の #編集者 #滝田樗陰 は『 #中央公論 』主幹となり、同誌の編集トップとして持てる才腕を振るいました。この年10月には島中雄作(のちの社長)が入社、樗陰の下で編集に従事します。樗陰は一流、新進の作家や評論家を訪ねて執筆させ、生彩ある誌面つくりに没頭しました。 https://t.co/WqhyGHIH6D
— あきた文学資料館サポーターズクラブ (@AkitaLM) September 10, 2021
黒崎大三郎は、「首都公論」を率いる編集長。豪胆な性格と鋭い審美眼(作品の良し悪しを見抜く力)で、文壇を引っぱる存在です。
その黒崎のモデル候補が、「中央公論」の主幹を務めた滝田樗陰(たきた・ちょいん)です。
滝田樗陰は1882年(明治15年)、秋田市生まれ。本名は哲太郎(てつたろう)。1912年(大正元年)に「中央公論」の主幹となり、1925年(大正14年)に43歳で亡くなる直前まで、誌面づくりの中心にいました。
樗陰の名物は、黒塗りの人力車。作家の家を人力車で回って原稿を集め、樗陰の車が家の前に止まれば一流作家の仲間入りとまで言われたと伝わっています。
原稿の良し悪しを見抜く目は確かで、締め切りの催促も厳しく、作家たちからは恐れられる存在だったとも。
志賀直哉、谷崎潤一郎、室生犀星など多くの作家が「中央公論」に作品を発表し、吉野作造のような学者の原稿も掲載。樗陰は「中央公論」が大きく発展する土台を築いた人物です。
ドラマの黒崎と滝田樗陰には、次のような共通点があります。
| ドラマ「ブラッサム」 | 実際の史実 |
|---|---|
| 文芸雑誌「首都公論」 | 総合雑誌「中央公論」 |
| 編集長・黒崎大三郎 | 主幹・滝田樗陰 |
| 豪胆な性格と鋭い審美眼 | 原稿を見る目が確かで、作家に恐れられた |
| 珠の小説を読む編集者 | 宇野千代の原稿や手紙が手元に残っていた |
ドラマの設定と重なる点が多いことから、黒崎は滝田樗陰をモデルの一人とした人物と考えられます。
宇野千代は実際に「中央公論」で小説を発表!滝田樗陰との関係
「ブラッサム」のヒロイン・葉野珠のモデルは、小説家の宇野千代(うの・ちよ)です。
宇野千代は大正時代に「中央公論」へ作品を発表しており、滝田樗陰とのつながりを示す資料が今も残っています。
樗陰が手元に残していた原稿や手紙は、2010年に遺族から日本近代文学館(東京都目黒区)へ寄贈されました。この「滝田樗陰コレクション」に、宇野千代の小説「墓を発く(はかをあばく)」の原稿や、樗陰に宛てた手紙が含まれています。
さらに、「中央公論」1923年(大正12年)3月号に載った「追憶の父」、同年6月号の「人間の意企」の原稿も。
| 作品・資料 | 史実 |
|---|---|
| 墓を発く | 滝田樗陰が残した原稿が現存 |
| 追憶の父 | 「中央公論」1923年3月号掲載 |
| 人間の意企 | 「中央公論」1923年6月号掲載 |
| 滝田樗陰宛の手紙 | 日本近代文学館が所蔵 |
原稿や手紙が残っていることから、宇野千代と「中央公論」、そして滝田樗陰のつながりは史料で確かめられます。
珠の実在モデル・宇野千代の生涯や代表作については、以下の記事で解説しています。
【出典・参考資料】
まとめ
「ブラッサム」に登場する文芸雑誌「首都公論」は、実在する「中央公論」がモデルの一つと考えられます。
編集長・黒崎大三郎(遠藤憲一)のモデル候補は、大正時代に「中央公論」の主幹を務めた滝田樗陰。人力車で作家の家を回り、確かな目で作品を選んだ名物編集者です。
他にも「ブラッサム」のキャスト・スタッフ一覧は、以下でまとめています。
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