NHK連続テレビ小説「風、薫る」のダブルヒロインは、「見上愛」さんと「上坂樹里」さんです。ドラマのあらすじは、以下の通りです。

明治18年、日本初の看護婦養成所が誕生した時代。シングルマザーの一ノ瀬りん(見上愛)と、教会で育った大家直美(上坂樹里)は運命に導かれ同じ養成所へ入所する。

正反対のふたりは「看護とは何か」を問いながらぶつかり合い成長し、やがて最強のバディとして新たな時代を切り拓いていく。

 

【第16週】から、りんは看護の仕事を離れ、新潟の女学校で舎監(しゃかん)として働くことになります。

りんの実在モデル・大関和(おおぜきちか)も、東京の大学病院を辞めたあと、新潟の高田(現在の上越市)へ移り住んでいます。

りんの新潟行きと、大関和の史実を紹介します。

 

「風、薫る」第16週|りんは新潟の女学校の舎監に【新潟編がスタート】

「風、薫る」第16週|りんは新潟の女学校の舎監に【新潟編がスタート】

「風、薫る」【第16週】から、りんは看護の仕事を離れて、新潟の女学校で舎監の職に就きます。一方、直美は東京に残り、帝都医科大学附属病院で看護婦の仕事を続けることに。

これまでトレインドナースとして同じ場所で歩んできた二人が、新潟と東京という離れた土地で、それぞれの人生を歩み始めます。

舎監とは、寄宿舎で暮らす生徒たちの生活の世話や監督をする役職のことです。学校に住み込み、生徒たちの生活を見守る、寮母さんに近い仕事です。

制作統括の松園武大チーフ・プロデューサーによると、新潟に関わるストーリーはおよそ4週間放送される予定です。

ロケは新潟・上越で行われ、りん役の見上愛さんは「りんがいろんな学びを経て、すごく成長する地が新潟」とコメントしています。

 

りんのモデル・大関和も新潟へ|高田女学校に赴任した史実

りんのモデル・大関和も新潟へ|高田女学校に赴任した史実

りんが東京の大学病院を離れて新潟へ向かう展開は、実在モデル・大関和の史実をなぞったものと考えられます。

大関和も1890年(明治23年)、32歳のとき、東京の帝国大学医科大学附属第一医院を退職し、新潟の高田(たかだ・現在の新潟県上越市)へ移りました。

ただし、大学病院を辞めた理由は、ドラマと史実で異なるとみられます。

 

大関和が帝国大学医科大学附属第一医院を辞めた理由

ドラマのりんは、患者の山本を病院の外へ連れ出したことで容態を急変させてしまい、深く責任を感じます。この一件が、りんの新潟行きにつながります。

一方、史実の大関和は、帝国大学医科大学附属第一医院で外科の看病婦取締(現在の看護師長にあたる立場)を務めていました。

しかし、看護婦の過酷な労働環境を変えようと、待遇改善を求める建議書を外科医局長に提出。これが医師たちの反発を招き、外科の看病婦取締を外されたあと、第一医院を去ることになったと伝えられています。

ドラマは「患者の一件」、史実は「待遇改善を訴えての衝突」と理由は異なりますが、志半ばで大学病院を去ることになった点は共通しています。

帝都医科大学附属病院のモデルと考えられる帝国大学医科大学附属第一医院については、以下の記事で詳しく解説しています。

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大関和は高田女学校の舎監兼伝道師に|1890年(明治23年)

第一医院を退職した大関和は、1890年(明治23年)、新潟の高田女学校に「舎監兼伝道師」として赴任します。

高田女学校は、大関和が看護を学んだ桜井女学校の流れをくむ女子学院の分校にあたる、キリスト教系の女学校です。高田女学校の歴史は、現在の新潟県立高田北城高校にもつながっています。

キリスト教徒だった大関和は、舎監として寄宿舎の生徒たちの世話をするかたわら、伝道活動や廃娼運動(女性を苦しめる娼婦制度をなくそうとする社会運動)にも熱心に取り組みました。

ドラマで描かれた「廃娼運動」については、以下の記事で解説しています。

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瀬尾原始との再会|大関和は知命堂病院の初代看護婦長に

新潟へ移った翌年の1891年(明治24年)、大関和の人生を大きく変える再会が待っていました。

高田のまちで、医師の瀬尾原始(せおげんし)と偶然再会したのです。瀬尾原始は、大関和が看護を学んでいた時代に、実習先の東京大学で講師を務めていた恩師でした。

瀬尾原始はこのとき、郷里の高田で知命堂(ちめいどう)病院の開院を控えていました。そして、かつての教え子である大関和に、初代看護婦長になってほしいと依頼します。

大関和はこの依頼に応えて高田女学校を退職し、知命堂病院の初代看護婦長に就任しました。看護の仕事を離れていた大関和が、新潟の地で再び看護の道へ戻った瞬間です。

ドラマで瀬尾原始をモチーフにしている可能性がある人物が、帝都医大病院外科の助手・黒川勝治(演:平埜生成)です。史実の流れをなぞるなら、新潟編で黒川がりんの前に再び現れる展開があるかもしれません。

 

知命堂病院で看護婦養成に尽力|1896年に東京へ戻る

知命堂病院の看護婦長となった大関和は、瀬尾院長とともに、新潟県内でいち早く看護婦の養成を始めました。

1894年(明治27年)には産婆看護婦養成所が創設され、大関和は講師として後進の育成にあたります。また、当時流行していた赤痢への対応では、衛生管理や感染症対策を徹底し、大きな成果を上げたと伝えられています。

1896年(明治29年)、恩師マリア・ツルーの看病のため、大関和は知命堂病院を辞して東京へ戻りました。新潟の高田で過ごした期間は、約5年間でした。

知命堂病院は現在も新潟県上越市に存続し、地域医療を支えています。病院には、大関和ゆかりの資料や写真も残されています。

参考サイト:大田原市観光協会「風光るまち大田原」
参考サイト:女子学院 特設サイト「大関ちかの歩みをたどって」

 

まとめ

「風、薫る」【第16週】から、りんが新潟の女学校で舎監として働く「新潟編」が始まります。

りんのモデル・大関和も、明治23年に東京の大学病院を辞めて新潟の高田へ移り、女学校の舎監を経て、知命堂病院の初代看護婦長として活躍しました。

りんのモデル・大関和の生涯については、以下の記事で詳しく解説しています。

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他にも「風、薫る」のキャスト・スタッフ一覧は、以下の記事でまとめています。

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大森拓也
放送作家、物書き、フリーライター歴20年以上です。放送作家としての仕事については、以下のブログに記載しています。
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